御異見番

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シングルマザーで生きるということ

misoyorishioha.hatenablog.com

釣りではないとして、シングルマザーで3人子持ちで特に堅いスキルもなければ、そりゃぁ死ねるような状況にもなろう。

 

まぁ、追い込まれているからそうならざるを得ないのかもしれないけれども、タクシーや退職の話を見るにつけ、社会と敵対しすぎではなかろうか。

 

自分は苦しいのに、なぜ助けてくれないのかと最初からけんか腰になっていないか。

自分はあなたより苦労しているのだから、私の方が偉いのような態度で人と接していないか。

認可保育園は、心の余裕がなく疲弊していて顔つきを見て避けたというが、同じ理由で周りの人はこの人を避けているのではないのか。

 

別に仕事で報酬を得るだけが、生きる術ではない。

ひどい旦那でも離婚せずにやっている能力とか、実家に頼る能力とか、友人の助け舟に乗る能力とか、役所から支援を引き出す能力とか。

 

社会という群れがなければ、自らの狩りの能力だけで生きていかなければならない。

社会というものは、狩りの能力を発揮する以外に生きる術を提供する装置である。

少なくとも、今の日本は狩りの能力を発揮する以外にも生きる術を提供している。

それらが諸外国と比べて多いか少ないかは知らないけれども。

 

何1つ術がなければ生き延びるのが難しいのは事実である。生物は生きる術を持たなければ死ぬしかないのだから。

 

認可外保育園がよかったというのは、自分の選択が正しいと思い込もうとしているように見えるが、

同じようにこの人が生きにくいのは、シングルマザーが理由だと思い込もうとしているのではなかろうか。